生きていれば、生活するもんだ。生き物ってのは。

まあ、読みたければ読めばいい。 読みたくなければ読まなければいい。 読みたくない物を読むこと、意味がないことをすること、 時間の無駄だからな。

生きること、死ぬこと。

三木清という人の人生論ノートという本をご存じだろうか。新潮文庫のものなのだが。

これが愛読書というか、座右の書とでもいうものだったりする。

何が好きかと言われれば、真っ先に、この本が頭に浮かんでくる。

いや、好きというものとは違うか。

共感が持てるというようなものだな。

で、その中で生と死についても取り扱っている部分がある。

内容は、読むのが早いから詳しくは書かないが、単純に言ってしまえば、

死は現実であり、生は想像である、ということだ。

その本に書かれている内容の一部を解釈するのなら。

なるほど、確かに、そう思うところがある。

死というのは、ただそこにあるもの。決して夢幻ではなく、存在しているもの。

だから、現実的なものということだ。

しかし、生というのは、曖昧なものだ。生、つまり生きているということが

何であるのかを、きちんと説明出来る人がいるのなら、説明してほしい。

いや、むしろ語り合いたいとも思えるところだ。

生きることは想像である、という仮定のもとで、ふと考えてみた。

この世界そのものが想像で出来ているとしたら?

まあ、ここで想像という言葉を使うと、想像によって、この世界、生きている舞台が整っている

はずがない、と言う人もいるはずだ。

何故なら、想像で出来ているのなら、どうして私はこんな生活を送っている、宝くじが当たらない、

上司には毎日小言を言われる、勉学が上手く行かない、恋人が出来ない、結婚が出来ない、

彼氏、彼女と上手く行かない、想像通りに生きることが出来ないのだから、想像が生であるはずが

ない、となるわけだ。

まあ、それはそれで一理あるし、そういう風にも考えられる。しかし、だ。

もしも、生きることが想像であるのなら、誰の願いも叶うことはないのではないのか。

無数の人達による想像で作られた産物であるのなら、誰しも、誰かの幸せだけを願うものでも

ないだろう。自分にとっての世界はこうあるべきだ、というものを人は大なり小なり持っているものだ。

で、それらが混ざり合って世界が構築されているとしたら?

自分の思うとおりに行かないのは必然だろう。

では、もしも世界が想像で出来ているのなら、どうすれば、自分の求めている所に近付けるか、

それは、理屈としては単純なことだ。ただ、それを実行出来るかどうかは別として。

世界が望む形に、自身がなればいい。そうなれば、世界はそれに見合った形で答えてくれる。

例として、自分が時々買う物で考えてみる。それは毎週ロト6なるものを買っている。

しかし、それは当たった試しがない。でも、毎回誰かは当選していたりする。

自分が当たらず、他の誰かが当たっている。それは何故か。一言で運命として片付けるなら

それでも構わないが、そうではなく、当選する人は、当選するべく世界に選ばれているとしたら。

世界が宝くじが当たるにふさわしいと思える人間が当てている。

それは、別に聖人である必要も大物である必要もない。何の能力もない一般人でも

何の問題もない。世界が想像であるなら、無数の人が想像して成り立っているのなら、

その無数の人達が思う、宝くじを当てている人のイメージに近くなれば良いだけのことだ。

こういう人が当たっているのだろう、ああいう人が当たっているのだろう、そういうことを

時々は考えることもあるはずだ。その時、その世情に合った人が当てている。

そんな所だろう。そのたとえがわからなければ、これはどうだろうか。

野球の世界にイチローがいる。彼は常に一定の成績を叩き出す。まあ、元々野球のことは、

ニュースで時々耳にする程度で、あまり詳しくないのだが。

人々の評価というものが、ある程度似ている。そして、その評価に見合うような感じで、

彼も出来ている。それは、何故なのか。それは、彼が努力したからだ、ということもある。

では、努力をすれば誰でもイチローになれたのか?

そうではないだろう。イチローがイチローでいられる理由は、自身の想像もあることだろうが、

周りからの想像も影響を及ぼしているものだ。

ああ、ちなみにここで断定的に言ったのは、あくまでも想像が生を作っているという仮定の

話をしているためだ。

だから、もしもイチローになりたいのなら、イチローと同じように過ごさなくてはいけない。

それこそ、生活パターンから、家族構成に至るまで何もかもをコピーすればいい。

そうすれば、出来るかもしれない。ただ、それではイチローの生まれ変わり、コピー、

まがいひん、個性というものが無くなってしまうだろうが。

ならば、イチローみたいになりたい、と思うのだったら、それに近いことをすれば良い。

そうすれば、イチローみたいになれるだろう。ただ、それを実行するためには、

イチローについて、徹底的に調査する必要が出てくる。何故なら、〜〜のように、と

考えた段階で、それを模倣するということに他ならないからだ。

自分だけの価値観、考え方だけで、模倣しようとしても無理がある。

というか、それは単に模倣したふりである。



結論は、特にない。

こういう問題は、各人で色々と考えてまとめていくことだろう。

結論ってわけじゃないが、少なくとも、自分が宝くじに当たることはないだろう。

何故なら、宝くじを当てている人のイメージとかけ離れているからだ。世界が、それが

そういうもんなのだ、って言っても、それを真似してまでは、当てたいと思わない。

だから、当たらない。そういうもんなのだ。それでも、買い続けるのは何故か。

当たらないとわかっているのに。

それは単純に言って、こんな人間であっても、もしかしたら、世情が揺れ動いた時に、

そういう人間が当たるもんだと、多くの人が思ってくれたら、当たるんじゃないかな、と

思う故にだ・・・。

でも、生が想像だと考えた方が楽なんじゃないか?

想像されている方向を読み切れば、どうとでもなるだろ。

テーマ:伝えたいこと - ジャンル:ブログ

  1. 2008/04/17(木) 16:14:17|
  2. 今、この場で書きたいこと。
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<小説の1ページを調べてみた。 | ホーム | 書きたいことを書くことにした。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://cliffhanger.blog104.fc2.com/tb.php/151-8bd550b9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

最近の記事

プロフィール

Author:徒然法助
現在、普通の事務員として、勤務中。
趣味は書き物。何かの批評。最近は、ひぐらしSSを書いている。
オリジナル系も、そこそこにあるから、それはそのうちUPということで。
後は何だ。
独身、今年で26。結婚願望は特に無し。種の保存は、どちらでも良いと
考えるタイプで、非常に生物としては間違っている方だろう。
好きな言葉は、「適当」
後は、書いてある文章を見ればわかるだろうが、やたらと、「まあ」を
使いたがる傾向にある。
いわゆる、クッションを置くことで、少しでも堅さを崩して、曖昧な感じに
してみたい傾向にあるのかもしれないな。
まあ、こんな所か。
ああ、ちなみに、最も嫌いなジャンルは、お話にならないことだな。
ニュースの話題なのに、全く関連性のないことを言う奴とか、
話にならないってのが、基本的に嫌いだ。

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ